1. Gustav Malerグスタフ・マーラーという傑物
いつか自分の時代が必ず来る
Gustav Malerグスタフ・マーラー
Gustav Malerグスタフ・マーラーは生前、そう言っていたらしい。
有名な発言だ。
何と傲慢な、と受け取られかねない言葉だ。
元々Gustav Malerグスタフ・マーラーは売れっ子の指揮者だった。
史上最高のオペラ指揮者
史上最高の指揮者
ラフマニノフ(自作のピアノ協奏曲を指揮したマーラーに)
史上最高のワーグナー指揮者
ウォルフガング・シャウフナー
孤島に一枚のレコードを持って行くなら(マーラーの)『大地の歌』
ショスタコーヴィッチ
しかし、終戦後マーラーの楽曲は多くの国で「演奏禁止」とされた。
時代が融和に進んだ時代に入ってからもマーラーの曲(交響曲と歌劇しか残していない)は歓迎されなかった。
それどころか、一流の指揮者たちから明確に酷評されていた。
マーラーは他人の作品を丸写ししただけ
ズビン・メータ『マーラーを語る』ヴォルフガング・シャウフラー
過去のロマン派を引きずる脂肪太り。感情過多で卒中寸前
ピエール・ブーレーズ『マーラーを語る』ヴォルフガング・シャウフラー
メータ、ブーレーズ共に後にはマーラーを振った。
ブレーズは全曲制覇し、全集までリリースしているほどになったのだが。
Gustav Mahler
1860年生誕1911年死去(享年50歳10ヶ月)。
23歳、ベートーヴェン交響曲9番などを指揮し評価を浴び指揮者としての活躍開始
ドイツ劇場(プラハ)の楽長に就任
26歳)、ライプチヒ歌劇場の楽長に就任
『子供の不思議な角笛』作曲
28歳、『交響曲第1番』作曲
ブタペスト王立歌劇場の芸術監督に就任
ワーグナーの『ラインの黄金』『ワルキューレ』をノーカットで初演。
激奨される
34歳、『交響曲第2番』作曲
35歳、自作の『交響曲第2番』を初演
36歳、『交響曲第3番』作曲
ウィーン宮廷歌劇場の第一学長に就任
37歳、ウィーン宮廷歌劇場の芸術監督に就任
38歳、ウィーン・フィルハーモニーの指揮者に就任
38歳、『交響曲第4番』作曲
41歳、『交響曲第5番』作曲
44歳、『交響曲第6番』作曲
45歳、『交響曲第7番』作曲
47歳、渡米(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場)
『交響曲第8番』作曲
48歳、ウィーンにて『大地の歌』作曲
再渡米、ニューヨーク・フィルハーモニックの指揮者に就任
49歳、『交響曲第9番』作曲
3度目の渡米
50歳、自作『交響曲第8番』を自ら初演(ミュンヘン)
4度目の渡米中、病気が悪化
ウィーンへ戻り敗血症にて死亡
指揮者となってからの音楽家としての活動をさらっと書き出しただけでも凄まじい。
ベートーヴェン、ラフマニノフ、ワーグナー他作曲家の交響曲、オペラを各国各地で振りながら、夏の間だけ!別荘で作曲をした。
ベートーヴェンもショパンもワーグナーも生きた時間と作品数、ボリュームを見るだけで常人には到底想像が出来ないが、マーラーは指揮者として常任の活動を継続し欧州とアメリカを亘りながら自らあれだけの傑作を作曲した。
他分野の芸術家その他との付き合いも通常にあった。
これはエネルギッシュなどという単語で評しても全く届かない異常さだ。
「天才」と称したところで何も理解が近づかない。
マーラー指揮の録音が一つも残されていない(わずか自身のピアノロールのみ)ので、冒頭の指揮者としての最大限の賛辞を伝聞で聞くしか出来ない。
ただただ、作曲された曲に圧倒されることしか出来ない。
それにも増して、Gustav Malerグスタフ・マーラーについてあれこれ言われ過ぎている。
実際の交響曲を聴いたことがない人でも知っているくらいの伝聞、醜聞の多さたるや、呆れるほどだ。
実際、Gustav Malerグスタフ・マーラーは生前、辛い目に遭いっぱなしだったことは事実として伝わってはいるが。
・オーストリア(現在のチェコ)生まれ
・ユダヤ人
・貧困な家族に他人の兄弟中育つ
・次男だったが長男の死で長男として育てられた
・20代で父母を亡くす
・指揮をする度、楽譜を書き換えた(自他問わず)
・弟の自殺
・ユダヤ教からローマ・カトリックに改宗
・ぞっこん惚れて結婚した19歳歳下の妻(アロマ)に不倫をされ不幸だった
・47歳で長女を亡くし、自身も心臓病と診断された
・フロイトの診断を受けた
・死後、アロマ自身がマーラーについて書いたものがまた多くの推測、曲解を生む要因となった(多くの指揮者が「アロマの言うことは信用できない」と切って捨てている)
・「最高のオペラ指揮者」と称されながら、自身ではオペラを一曲も作曲していない
・明らかな「反ユダヤ主義」からの演奏禁止措置が取られていた国、時期も多かった。
それがOskar Fried,
Willem Mengelberg,
Bruno Walter、
Otto Klemperer、そして
Leonard Bernsteinの不屈の努力で少しずつ演奏されるようになっていく。
マーラー:交響曲第9番ニ長調ブルーノ・ワルター
やがて、マーラーの作曲した曲を演奏禁止という愚挙を施した国までが、
時代を経て、掌返しでマーラー評価が高まり、
コンサートで演奏される回数が以前は考えられないほど増えた。
今でこそ、冒頭の賛辞を集めるのに容易だが、
今のように世界中で理解され、演奏されるまでに途轍もない時間を要した。
余りにも掌返しの態度豹変ではないか。
2. マーラーの9番に出会う
学生時代は専らHard Rock→Progressive Rockを聴き、演奏主体に聴くようになった大学時代にJAZZに興味が移った。
RockからJAZZへの橋渡しになったFusionには何枚かを除いて興味が持てず、最も核となる1950〜60代のModern Jazzに埋没した。
レコード店に行く度、Classicのコーナーで目玉として掲載されている盤くらいは目にしていた。
しかし自分の中でClassicは聴くものが無くなったら「老後の」愉しみに取っておこうと勝手な理屈で手出しはしなかった。
盤はレコード、CDだけじゃなくVTR →LD(Laser Diskというレコード盤と同じ30センチの映像メディア)で過去のミュージシャンの生身を観られることが有り難く買いまくった。
John Coltraneジョン・コルトレーン、Thelonius Monkセロニアス・モンク、
Bill Evansビル・エヴァンス、
出ているものは全て買った。
Milesマイルズの映像は、当時80年代の「何だかなぁ」という時期のものしか無かった気がする。
黄金の時代の映像がディスク化されたのはDVDになってからなのじゃなかっただろうか
今もディスクを買う層は「生産限定BOX盤」という必殺の文言にイチコロだ。
この頃からメーカーには同じ発想があった。
それは何故かClassicに多かった。
Bernsteinバーンスタイン、
Glenn Gouldグレン・グールドなどの売れ筋にLD-BOXが発売されていた。
おそらく「生産限定」という必殺の文言もちゃっかりつけられていたのではないだろうか。
これから何十年も先、いざ老後にClassicを愉し観たいというその時、いま目の前にある映像たちは「廃盤」になってしまっているに違いない。
現在のメディアの進化、デジタル化、発掘ブームなどを想像も出来ないガキの頭ではメーカーのセールス・トーク「生産限定」で瞬殺された。
もう入社していて独身だから給与の遣い道は好き放題。
何という想像力のなさ・・・
いま欲しいわけではないが、欲しくなったときの為に、とBOX辺り2万円を超えるBOXをいくつも買った。
同時に映画のLDも買っていたのだから給与の大半がLD、CDに化けた。
買ったからには観る。聴く。
しかし、ROCK→JAZZに15年くらい犯され続けた耳にClassicの魅力はさっぱり分からなかった。
ROCKとJAZZ ではホーンが追加される程度で楽器編成はそれほど変わらないとすると、そもそもClassicの楽器編成は学校の授業で学んだ以上の知識もなく、音の良し悪しがROCKとJAZZばかり聴いてきた耳で判断出来なかった。
どれを聴いても同じに聴こえる。
まったく初心者の耳だ。
LD-BOXは棚の奥に仕舞い込み、JAZZ、ROCKのフェイヴァリット・アーティストのものに戻った。
この頃のことはこうやって書けるようにありありと思い出せる。
通った渋谷の新宿の秋葉原のレコード屋も一軒一軒覚えている。今や殆どが閉店してしまったけれども。
それから10年以上経ち、いったいどういう経緯で、なぜ聴いたこともないSir Simon Rattleサイモン・ラトルの「マーラーSymphonie Nr. 9 D-Dur/交響曲第9番 ニ長調」を買ったのか、まったく思い出せないのだ。
『レコード芸術』の選評だったのか?
何かを検索してサーフィンした先に表示されたのか?
まだ「老後」になっていなかった。
Classicを聴く心構え、準備も何も出来ていなかった。
Beethovenべートーヴェン、Bachバッハ、Brahmsブラームス、Wagnerワーグナーその他作曲家の出身も時代も何も分からない。
超初心者状態で、とにかくSir Simon Rattleサイモン・ラトルの「マーラー交響曲第9番」を買っていた。
3. 9番の魅力
最初の一音が始まった瞬間から、ゆらゆら、ふわふわした音が降りてくるのを聴き「これは今までに聴いたことがない、とんでもない音楽だ」と圧倒された。
それなりに自分の好み、聴き方は固まっていたのだとしても聴いたことがない「ちゃんとした曲」を一回聴いだけで感動することは一度もなかった。
ましてやClassicについてはそもそもの基礎が無かった。それなのに、一聴して身体が震えてしまった。
そう感じてた自分に驚いた。
きっとロックやジャズ寄りに勝手に解釈して感動した様な気になっていたんじゃないか?
その日続けて3回聴いた。印象が変わるどころか、どんどん引き摺り込まれた。なんなんだこれは。
ここで一つ一つの音が作り出すのは、今まで聴いていた起承転結で構成される「音楽」とは別次元だった。
音楽は時間芸術なわけだが、この曲では「時間よりも空間、場所」が創造されていた。
地上でも天井でもない中空をふわふわと全身を横たえさせられる「場所」。
これは至福なのか?
それとも最後の場所?
すぐに別の指揮者の「マーラー交響曲第9番」を2枚買った。
結論は変わらなかった。
「どうしようもなく、とんでもない曲」だった。
それから、他の何も聴くことはなく、マーラーの交響曲全集を買いまくり、入手できる限りマーラー楽曲(交響曲と歌曲しかないが)指揮している映像は全て購入した。
映像メディアはLDからDVD、ブルーレイへと進化していた。以前、「生産限定」に釣られて買ったLDBOXは当たり前のようにDVDBOXとして以前よりも廉価で、しかも蔵出し映像まで収録されて発売されている。
本当にマーラーしか聴かない時期が2年以上ほど続いた。
『9番』のみならず、すべて(と言っても作品数は少ない)。
その時、入手可能なマーラー盤はそれなりに数は多いといっても、驚くほど簡単にコンプリート出来てしまった。
毎月の新譜情報をチェックしても新録でマーラーを振るディスクは僅かだった。
バッハ、ブルックナー、ベートーヴェン、ブラームス、(いやぁ、Bばかりじゃないか!)は溢れるほど新譜、旧譜のリマスターが発売されたが、マーラーは人気がないらしいこともわかった。
一旦開いたクラシックの扉から入りクラシック漬けになると、ロックやジャズがほんの一部以外聴けなくなった。
弦楽四重奏やピアノ・ソナタ、ピアノやバイオリン協奏曲も一応有名どころは聴きまくった。
シベリウス、ショスタコーヴィッチにもそこそこ時間を費やした。
ここ数年はロック、ジャズ、クラシックというジャンルを意識することは全くなくなり、ミュージシャン単位で自分が聴くべきと思う人だけを繰り返し聴く。
ラトルがベルリンフィルの常任指揮者を退き、クラシック業界は相変わらず、演奏会は盛んに行われているものの、新譜CDが驚くほど発売されなくなってしまった。
毎日ずっとマーラー全曲を聴き続けたが、やはり交響曲9番は別格だった。
「第一楽章」の入りと中盤での弦が極上のベルヴェットの様に敷き詰められる。
いつもの様に菅と打楽器が畳み掛けてくる。
そして最終部の弦と菅の遠い音が意識の最も深い箇所に届けられる。
「第二楽章」緩急混在の魅力が。
「第三楽章」ここにも急から緩へ。特に中間部から終焉への説得力が凄い。
「第四楽章Adagio」この楽章を語る言葉は持てない。
音楽以上のもの。
静寂。
静謐。
沈黙。
停止?
「何言ってんだ、ちゃんと楽譜に音符が書かれ楽器で演奏されるんだから『音楽』だろ、馬鹿」と思われるだろう。
「音楽以上」とたった四文字を思い、書くことで伝えたい私が「第四楽章Adagio」に抱く感覚から遠ざかり、誤解を招く。
しかしながら、思えば世の傑作というものは映画の形式で制作されながら「映画以上」小説の形式で書かせながら「小説以上」の場所を創出してしまうものだ。
「それはお前の独りよがりの「映画」「小説」「音楽」の定義が狭いだけだろ、馬鹿」とも指摘されよう。
そもそも私は「映画」「小説」「音楽」を形式で定義しようなどは露も考えていない。それは学者に任せる。
マーラーの後に影響がしばしば指摘されるベルク、
未完の10番も譜面が残され、しばしば演奏されるが、9番から繋がっているようなadagioアダージョ
マーラーの曲のついて、「壮大」「過剰」さがしばしば指摘されるが、私の耳、身体にはマーラーの曲が静寂へ突き進んだ音楽と聴こえる。
その極地が「第四楽章Adagio」。
いまだにこんな『音楽表現』を他で聴いたことが無い。
正しく、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンの王道を聴きこんでいらっしゃるクラシック歴何十年という方々にはマーラーは今ひとつ評価が低い。
マーラーの交響曲はとにかく長いし、3、4、7番あたりは音数が多過ぎるきらいもある。
私はマーラーの全てが愛らしいので、それら交響曲も嫌いではないが、率直にロングトーンでいけるだろう箇所でもいくつかの楽器があちこちで鳴ってきて、主題もせわしなく入れ替わり、もっとスッキリした方が伝わりやすく、ポピュラーな人気を得られるんじゃないかと思わないでもない。
私にはマーラーは確信犯でああいう音楽を作曲したと思っているが、マーラーを評価しない人は、そのガチャガチャした音数が邪魔してしまって、魅力を見えにくくしてしまっているんだろうな、と思ったりもする。
兎にも角にも、私自身交響曲9番についての評価は今もって全く変わらない。
クラシック全曲中の最高傑作だと一人で勝手に思っている。
別に私は多くの人がマーラーの魅力にもっと気づいて欲しい、など特別に思わない。
それはマーラーに限らず、コルトレーンでもブライアン・イーノでも一部しか聴かずに聴いた気になっている人がいても、それはその人の人生であり、聴き方だ。
音楽を聴くことだけを至上主義にせずとも生きていける人は多い。
Walterウォルター、Bernsteinバーンスタイン、Abbadoアバド、Rattleラトルその他名演の後、これでもかと発売され続けた後陣の指揮者たちの演奏、解釈が凡庸、あるいは普通、といったものが多く(と私には感じられる)、買っても買っても先達の指揮者に敵わないのなら、新進の指揮者たちは自分なりの解釈をし、懸命に指揮棒を振っているに違いないが、そうそう総てを買い求めることが虚しくなってきていた。
クラシックの交響曲、協奏曲1曲を聴き通すのは映画一本観るのと同質のことである。
私自身、ながら観、ながら聴きはあり得ず、せっかく取れた時間を全身全霊で音楽、映画に向かってもその作品が凡庸であった時でも時間は返品されず、モヤっとした気持ちが残尿感の様にいつまでも身体を離れない。
ここ何年かマーラーのみならずクラシック、いや音楽をゆっくりと聴く日が少なくなった。
今年になって、話題になったTeodor Currentzisテオドール・クルレンツィスの『マーラー交響曲6番』を遅ればせながら聴いた。
ぶっ飛んだ。
こんな演奏があったか。
しかも凄い!
『9番』ではなかったが今まで聴いてきた数十枚の6番とは異なる次元の演奏だった。
Teodor Currentzisの指揮には否定的な批評も多いとか。
掌返しといい、出る杭は打たれるとか、人間のすることはいつまでも同じだ。
数年ぶりにマーラーを振っている作品をチェックした。
●私が聴くのを中断してからの発売点数が多いことに吃驚した。
2年間でほぼ買い尽くせたディスクの数が頭打ちになっていたと思っていたら、その後マーラー生誕150年というタイミングもあり、聴いたことがない指揮者、昔の録音が新たに発売されたり、と点数が異常に増えている。
●「不人気」→「高評価」に転じている
●Beethoven,Brahmsなどの「本流」に比べ、不人気で演奏される機会が少なかったMahlerの演奏回数が異常に増えている
●Leonard Bernsteinの演奏を「大袈裟」「過剰」とする批評が多くなっている。
間違いなく、最大のマーラー普及の功労者の一人であるLeonard Bernstein。
これまで「名演」として評価の確定していたウィーンフィル、ベルリン・フィルとの演奏でさえ「感情移入し過ぎ」と今頃になって言っている。
マーラー:交響曲第9番バーンスタイン(レナード)
僕はマーラー。マーラーの生まれ変わり
Leonard Bernstein
譜面の解釈にも流行り廃りがある。
クラシック業界というのも厄介な場所のようだ。
久々にマーラーを聴く日々が始まった。
4. 9番を振った指揮者の録音
次回は「9番を振った指揮者」について書いていく
(波尾哲)