わたしは、もし生まれ変ることができるものならば、できるだけ下等な動物に生まれ変わりたいとつねづね考えている。進化の段階を逆に下降して、軟体動物や腔腸動物のような美しい単純性に回帰することが出来たら、どんなに幸福であろうかと思う。
ジャン・ジュネも下等動物への希求があり、よく理解できると続く。
それは、
人間は、理知とか感覚とかを一つ一つ切り捨てて行って、生命の根源、存在の本質に近づくのが本当ではないか
と続く。
しかしエーリッヒ・フロムによると
こうした死の本能に惑溺することが、とりも直さず、現代に特有な悪
『貝殻頌』より引用
ということになる。
東京大学卒業論文が『サドの現代性』。
一躍、マルキ・ド・サド研究の第一人者となる。
1961年 サドの『悪徳の栄え』を翻訳、出版したことでわいせつ物頒布等の罪を問われ裁判に。
埴谷雄高、遠藤周作らが特別弁護人に、吉本隆明、大江健三郎ほか錚々たる人たちが弁護側証人になった。
一審での無罪判決を検察が不服として控訴。
2審では逆転有罪判決(澁澤には罰金七万円)
1969年 最高裁は
猥褻性が解消されないかぎり、芸術的・思想的価値のある文書であつても、猥褻の文書としての取扱いを免れることはできない
として、上告は棄却された。
澁澤は人間本質に向かっていたが、法律・裁判では言動という表層的な面しか裁けない。タブーとされていることに向かうなら先頭ランナーが、先ず裁かれるということなのだろう。
まだ法で禁じれば人間の「善性」が保たれるという「希望」が背景にあればこその判決だった。
それが有効な判決であったのかどうか、それ以降の現状、人間の在り様を見れば、「牧歌的な」判決だったとも言えるだろう。
「なんでもあり」「勝ち組負け組」などと軽薄な流れにある現在、最早有効な竿はあるのだろうか。
三島由紀夫、土方巽との深い親交が有名。
新紙幣一万円の顔、渋沢 栄一の縁戚である。
1928/5/8-1987/8/5 (享年59歳)
フランス文学者、評論家、小説家
新紙幣一万円の顔、渋沢 栄一の縁戚である。
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『けだし名言』
ただの名言、格言、金言じゃなく、本質に迫る言葉が『至言』。
ただの有名人、著名人じゃなく、怪物級、規格外の人物が『傑物』。
その『傑物』の『至言』が放たれた奥底に迫りたい。